土壌汚染対策法の展開と課題
東北大学 名誉教授 駒井武
土壌汚染対策法が施行されて以降、その改正を経て、現場では土壌・地下水の汚染調査および環境リスク管理が進展しています。近年では、土壌汚染の区域指定やその解除が実施され、自然由来重金属等を新たに規制対象としたこと、さらには自主的な申請活用も対象範囲としたことで、土壌汚染対策の契機は着実に増えています。その結果、土壌・地下水汚染の環境リスク軽減に関しては所定の効果が達成されつつあります。その一方で、土壌汚染の見逃しや過剰な浄化対策に代表されるリスクの認知に関して、多くの技術的、政策的な課題も指摘されています。以下、土対法を取り巻く状況や上記の課題と展望を中心に議論を進めます。
土対法の状況調査では、汚染された土地の区画を機械的に割り振りし、深度方向に一定深さで土壌をサンプリングします。汚染の範囲を推定するには有効な調査法でありますが、一方では致命的な見逃しを引き起こし易いとの指摘があります。地下での汚染物質の蓄積性や移動性は、不飽和層や帯水層の地質的な特徴に依存するからです。また、都市部にみられる人工地層の多くは、地層単元により類似した環境汚染物質を含む層序構造を形成しています。このため、地質学的な知見に基づく単元調査法による汚染調査の普及が推奨されています。
重金属等に関わる指定基準では、溶出量と含有量の双方が指定基準値となっています。両者を同時に満たす環境条件や浄化目標などに制約があり、運用が困難なケースが頻繁にみられています。欧米では含有量のみを採用することが多く、地下水の摂取リスクは解析的に評価されている一方、揮発性有機化合物VOCsの指定基準では、溶出量のみが規定されています。地下水への移行を重視したものと考えられますが、多様な環境リスクを評価するためには既往の溶出量や含有量に替わる新たな指標を模索することも重要です。また、VOCsの揮発成分を含めたトータルのリスクを確実に認知するための科学体系の検討が必要です。
わが国の地質学的な特殊性を踏まえた対策として、特に重金属等の自然的原因に関わる取り組みが重要と考えられます。例えば、鉱山や鉱床、火山地帯、温泉といった特徴的な地球化学特性、海岸付近の人工地層や埋立地などの形成過程に関する考察が必要です。わが国の土壌には火山灰を起源とするものが多く、特異的な吸着特性を示す土壌種、自然的に砒素や鉛を高濃度で含有する地層も多く見られます。また、花崗岩地帯ではふっ素、蛇紋岩を胚胎する地層ではクロムの濃度が高い傾向にあります。そのため、地圏環境情報(例えば、表層土壌評価基本図)を活用したリスク評価に関して環境地質学的な対応が求められています。
最後に、土壌汚染のリスク認知を確実に実施するために整備すべき技術的、政策的な知見について考察します。現行の法規制は、既定の基準値と調査法を用いた画一的な環境規制を基本としたものあり、土壌と地下水を含む複雑な環境システムを十分に理解した上で適用することは困難です。そのため、汚染現場においてどの程度のリスクが生じる可能性があるか、さらにリスクの時空間分布や将来予測に関して事前の科学的な対応が必要と考えられます。近年では、汚染サイトのリスク評価手法(例えば、GERAS, AIST)の開発が進み、土対法施行時と比べると、技術的、科学的な知見が集積されてきました。そのため、法規制を適用する以前の手続きとして、欧米で活用されているリスク評価による事前的な用地診断(フェーズ1,2)を導入することを視野にいれた検討が推奨されます。最近は、想定されるリスクの大小を判断するために、法規制の中でリスク評価手法を活用する機会も増えてきています。現行法の整備に加えて、新たな知見や手法を駆使した科学的な取り組みによりリスクを認知して、汚染の見逃しや過剰な対策を回避するための環境政策の展開に期待します。
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